Life and Pages

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街とその不確かな壁

村上春樹の新刊。世界の終わりとハードボイルドワンダーランドの物語構造で、ストーリーが進む。でも、今回の新作の基になった中編がもともとあって、その書き直し的にハードボイルド・・・を書いたということらしい。そして、今回、書き直しをしたということだ。私は、現実と想像の世界を行き来する話は嫌いではない。村上春樹に限らず、小説や映画でいくつも描かれてきた。村上ワールドでは、境界を越えるのは地中に入っていくような通り抜け方だったが、今回はワープするような行き来の仕方が出てきた。時代も変わっているからね。

壁に閉ざされた街、というのは、かつて話題になったスピーチでも触れていたし、重要なメタファーなのだろう。人間の心中にあるもののようでもあるし、現代社会に実際にある場所のようでもある。不確かな壁、というのだから、精神的なものそのものだ、と言えるかとというと、アメリカという、リベラルな国だと思っていた国家が、大統領が替わり、州知事が変わると、過去に遡るような改悪をしたり、民主国家とは思えないようなことが起こる。ロシアにとっては、国境は思い通りに変えられるものだと思っているようだし。

主人公の視点で、物語が進むから、個人とその周りの世界という構造になる。見えていないものもたくさんあるし、想像するしかないことがたくさんある。小説というのは、そういうものだから。だから、読者も自分の想像を入れ込む余地がある。作家が提供してくれた世界観とリズムの中に浸りながら、自分なりの補助線を引くことができる。それが読書の喜びなのだと思う。今回も楽しい時間を過ごした。