Life and Pages

本や映画、音楽、日々の雑感

森繁自伝

森繁久彌という人は、私にとってはずっと大御所の役者さんであり、知床旅情の人だった。それから、向田邦子が台本を書いていた社長シリーズを知ることになったが、それ以上のことはなにも知らなかった。この本は、日本の演劇人となる前に、家族とともに満州に渡り、NHK局員として現地のラジオ放送をしていたのだが、終戦を迎え、現地でそして日本に引き揚げてからのことが書かれている。文章が上手なのには驚く。教養のある人なのだ。

森繁さんは、終戦後もずっと満州に残った。そしてロシア兵や中国兵がやってきては蹂躙される街で、ともに残っていた日本人たちの面倒を見続けた。敗戦国にはつきものなのかもしれないが、占領軍が誰彼構わず夫人たちを凌辱するのを避けるため、未亡人となった有志の女性たちが自主的に人身御供になってくれた。その夫人たちを手厚く面倒をみたのが森繁さんだった。

日本に引き揚げてからは、生活のために金を稼ぐ算段をする必要がある。あるときは紀伊半島の漁港に行き、網元と話を付けて卸売りをすることにしたのだが、その翌日紀伊半島地震に襲われ、壊滅的な打撃を受ける。当然ながら、魚の卸売りの話は立ち消えとなる。

それから、昔の伝手を通じて演劇の世界に戻ってくることになる。たくさんの映画に出演しながら、NHKのラジオ番組を始める。

読んでいるだけで、戦中・戦後の巷の薫りを感じる。読書の楽しみを教えてくれる本だ。今ではもう本屋では見かけず、図書館にしかない。