Life and Pages

本や映画、音楽、日々の雑感

映画 女王陛下のお気に入り

18世紀はじめ、アン王女時代のイギリス。王女は側近サラの意のままに操られていた。ある日、没落した貴族の娘アビゲイルが、いとこのサラを訪ねて王宮へ。彼女は下働きの職にありつく。辛い仕事からなんとか脱しようと、目先の利くアビゲイルは、王女の足の痛みを癒やす薬草を摘んできて、それが効いたことから、サラ付きの侍女に昇格。そしてサラと王女との関係を知り、甘い言葉と手練手管で王女のお気に入りになっていく。

アビゲイルののし上がり方がえげつないが、王家のような閉ざされた社会では権力者に気に入られることが全てなわけで、上の地位に就くための戦略としては正しい。古代日本の天皇や貴族が国政を担っていた時代にも、同じようなことがあったのだと思わせる。またライバルを蹴落とすことでのし上がるやり方は、外資の会社もある意味同じだ。

高い地位から落ちていくサラは、被害者のように見えてくるのだが、ふと、彼女が現在の地位を確固たるものにするまでに同じようなことをしてきたのかもと思わせる。因果応報なのかもしれないと。世の中のことを直接見聞きする機会がないと言う点においては、女王はかわいそうだと思う。今の時代、王室の人々はどのくらい自由に情報を得ているのだろうか。

この映画は照明を使わずに自然光と蝋燭だけで撮影したことで、制作費が抑えられ、その当時の空気感がとてもよく表現されていたように思う。クローズアップショットが多用されていたのは、引きの構図に耐えられるほどの光量がなかったことも理由の一つだろう。上手な役者の演技に支えられ、緊張感のある映画になった。終わり方が唐突な気もしたが、多少なりとも波風が立ったとしても、王宮の日々は延々と続いていく、という印象が残ったので、それは監督の思惑通りということなのだろう。

映画『女王陛下のお気に入り』公式サイト | 大ヒット上映中

浮雲

林芙美子の昭和24年の作品。戦後まもない頃だ。ゆき子と富田の、戦中から戦後にかけての愛憎の物語。今読むと不思議な感覚になる。時代を反映しているのだろう。敗戦後の貧困の中での自暴自棄な感じと、妄想のような希望が、安酒の酔いの中で同居している。これもまた戦争小説なのかもしれない。読んで楽しかったと言う本ではないが、先が気になって頁をめくった(キンドルのページをタップした)ことは間違いない事実だ。

戦争という人の死が日常の中に深く入り込んでいた時代に、二人は互いに自分のいる世界から飛び出し、南印の駐屯地で出会う。仏領だった当時のベトナムは、フランス人たちが作った街なので、日本人にとっては、建物も食べ物も贅沢な別天地。森林を守る役人であるため軍属として赴任した富田、タイピストとして雇われたゆき子。戦争の影はあるが、前線ではない地方都市での暮らしは夢のような暮らしだっただろう。そこで、二人は恋に落ちる。

ゆき子は、お目掛け同然の暮らしから抜け出すためにやって来た。以前の生活からは逃げ出し、冒険心と期待感をもって飛び込んだ異国の地で、富田と出会い、勝手に運命を感じる。やがて恋に落ちるが敗戦とともに日本に戻らなければならなくなる。そして日本で再び富田との愛の日々を継続しようとする。

富田は、自分を取り巻く日常から逃走するために赴任してきた。家族からも、社会からも解き放たれて一人になるためにやって来た。ゆき子との日々は楽しかったが、それは刹那のことだと思っている。敗戦で日本に帰らなければならないということは、家族が待つ生活に、堅苦しい官僚仕事に、戻ることを意味する。

ゆき子は一人で暮らすことなど、考えられない。富田と暮らしたいが、それがだめなら、代わりの止まり木が必要になる。逃げ出してきたはずの伊庭であっても、金をもらえるなら仕方がないと思う。行きずりの外国人ジョンともつきあうが、それはそれでいい。ベトナムでの愛と平和の日々が、真面目で暗かった娘をすっかり変えてしまった。

富田はゆき子と会うつもりもなかったが、会えば昔に戻る。そしてまた、何もかも嫌になって死んでしまおうかとも考える。酒に逃避し、また別の女にも逃避するが、ゆき子とはなかなか切れない。そして、旦那のもとから逃げ出してきて、同棲のようなことになった女が殺され、妻が死に、そして。

戦後すぐの出版ということを考えると、富田やゆき子の、わたしには自分勝手と思える苦悩、自暴自棄ぶりは、当時の読者から共感されたのかもしれない。男と女がいるとすぐにいい仲になってしまうのは、読者サービスでもあり、読者の願望を代弁していたのかもしれない。

 

浮雲 (新潮文庫)

浮雲 (新潮文庫)

 

 

アメリカ流れ者

映画を観た後に、制作裏話などを聞くと、そうだったのかと驚き、再認識することがよくある。そして、その手の話を聞くなら、町山さんがいちばんだ。この本では、21本の映画が取り上げられていて、またしても、なるほどと感心した。

マイケル・ムーア監督の世界侵略のススメを取り上げた回では、アメリカ独特の考え方、「Exceptionalism」についての解説で、これは宗教的な考え方によるものだと知る。また、サブプライムローンが世界中で問題になった際、国家財政が破綻してしまったアイスランドが立ち直ったのは、閣僚を全員入れ替え、ギャンブル的な投資を行った連中を全員刑務所に入れたからだという。さらに。ポルトガルでは、覚醒剤マリファナの所有や使用を合法化しました。そのため、隠れる必要がなくなったので、薬物中毒者が病院に行くようになり、中毒者の数が減ったのだとか。その上、犯罪者にはならないために裁判や刑務所の費用がゼロになったとか。アメリカで大麻を合法化しようという動きには、その真似をして、裁判費用などを削減する目的があるらしい。

翻訳小説を読んでいる時もそうだが、ある程度、海外事情を知っていると、深い読み方が出来るようになる。こうした知識は、努力して学ぶほかないので、こうした楽しい勉強を続けなくちゃなと思う。

 

町山智浩の「アメリカ流れ者」

町山智浩の「アメリカ流れ者」

 

 

映画 グリーンブック

アカデミー賞作品賞作品を公開初日に観てきた。ストーリーはシンプルで、登場人物の対比構造も明確、訴えたいこともはっきりしている。でも、表現がとても現代的で、声高にならないように主張し、映像はあくまでもきれいな色彩で、よく考えられた作りの映画だ。1960年代のアメリカは普通に人種差別をしていたわけだが、多くの人は、差別だというつもりもなく、そういうものだから、というだけで、疑問も持たずによかれと思って慣習を守ってきただけなんだろうなと、この映画を観ていて思った。疑問を持たずに人を傷つけ、女子学生を差別してしまう今の日本人と何も変わらない。常識とされていることを疑わないことは罪なのだ、そう思った。

マハーシャラ・アリの高潔で孤高な感じはとてもよかった。そこにいるだけでストーリーを語れる俳優だ。

gaga.ne.jp

夜を乗り越える

又吉が読書家だとは聞いていたが、好きな本をしっかりと読んで、自分の学びにしているんだなと、この本を読んで思った。自分で小説を書こうとしたことから、文体、構成、方法を気にして小説を読むようになったという話はよくわかる。それから、とにかく毎日書くということ。そして、毎回書き上げたあとは、内容はそのままで、言葉を置き換えて圧縮する作業を続けるという。こうしたことはさっそく真似したいことだ。

「誰にでも青春の中でダメな時期はある。でも人が死なない限り、それはバッドエンドじゃなくて途中なのだ」

「人は人、自分は自分という考え方はある意味逃げです。自分が思い描くように伝わらなかった場合、どのような考えを社会にぶつければ自分が思い描いたことが正しく伝わるのかをまた考えなくてはいけない」これは作家ならずとも、社会生活をする人間として心に命ずるべきことだと思う。

そして芸術を見る目として、「自分が作品を鑑賞してすごいかすごくないかと表現者が作品を信じているかどうかが僕の中での大きな基準です」というのもいいなと思う。

「でもその矛盾を含めて、いろいろな目標があって、ようやくその人がどういう人間かという全体像が浮かび上がってきます」

誠実さと自分の考えを伝わる言葉にできることが、又吉のいいところだ。

 

夜を乗り越える(小学館よしもと新書)

夜を乗り越える(小学館よしもと新書)

 

 

僕のなかの壊れていない部分

読書会のためにこの作者の作品をはじめて読んだ。読者は主人公の思考とともに、この本を読み進めていくことになるのだが、私は、この主人公に共感できぬまま、最後のページまでたどり着いてしまい、どこにも持って行き場のない思いがたまり、それをどうしたものかと考えあぐねている。

主人公は29歳の大手出版社に勤める編集者で、二歳のときに母に捨てられたという幼い頃の記憶がトラウマとなって、生きることに意味を見いだせないでいる。彼は同じような思いをもつ若者に自分のアパートの部屋を開放する一方で、3人の女性と同時につきあっている。一人からはお金をもらって性の相手となり、一人は小学生の息子を持つシングルマザー、そして3歳年下のスタイリストの彼女。主人公は相手の気持ちを考えたりはせず、自分の考えだけに従おうとしているので、結婚などは考えてもいないし、相手の思うように振る舞うのもいやだ。物語の途中で、一度は自分を捨てた母親が病死し、その葬儀から一週間も経たないうちに、年下の彼女の実家へ泊まりに行き、相手の両親の考えや言葉に反発して、夜のうちにその家を飛び出す。

誰もがいびつな世界観を通して、この世を眺めているのは事実であって、それを否定する気はない。しかし、この主人公は、自分の言葉に責任を持つといいながら、その言葉が相手に及ぼす影響については、まったく考慮していないし、自殺や死については分析的に考えようとしているわりには、「平凡な幸福は欲しくない」などと、とても曖昧な言葉遣いで物事を定義しようとする。記憶力がよく、東大出の秀才の編集者という設定なのだが、独りよがりの青臭い書生のように感じた。

 

僕のなかの壊れていない部分 (光文社文庫)

僕のなかの壊れていない部分 (光文社文庫)

 

 

発想力 「0から1」を生み出す15の方法

久しぶりに学長の本を読む。一度聞いたことがあることばかりのはずなのだが、リマインドされて気持ちが引き締められる。難しいことをわかりやすく説明することが本当に上手い。そして、引用している例が最新データと面白いエピソードで、なんとかパクれるチャンスはないかと考えてしまう。たまたま今日はご本人に会う機会が会って、学ぶことの重要性を再認識した。がんばろう。

・戦略的自由度

アービトラージ

・ニュー・コンビネーション

・固定費に対する貢献

・デジタル大陸時代の発想

・早送りの発想

・空いているものを有効利用する発想

・中間地点の発想

・RTOCS/他人の立場に立つ発想

・すべてが意味することは何?

・構想

・感情移入

・どんぶりとセグメンテーション

・時間軸をずらす

・横展開