Life and Pages

本や映画、音楽、日々の雑感

一人称単数

村上さんの新作短編集。いくつかは月刊誌の連載時に読んでいたが、こうしてまとまった本を読むのはまた楽しい。大学生の頃からそうなのだが、村上春樹の小説を読んでいると自分でも物語を書きたくなってくる。今回はどれも面白かったが「品川猿の告白」のような話はぜひ書いてみたいと思った。人間の言葉を話す猿が登場するのだが、そうしたことがあるということを読者に信じさせることができれば、あとは上手に物語を進めていくことができるのだなと感じた。けっして簡単なことではないが、この登山口から登ってみたいなと思ったのだ。

今回はいつもの読後感とは違う発見があった。最後の一篇が本のタイトルにもなっている「一人称単数」だ。主人公はなんだか不条理で不憫な目に遭うのだが、その中の一節にこうある。『・・・そして私は今ここにいる。ここにこうして、一人称単数の私として実在する。』これを読んでうーんと思った。私自身は自分を『一人称単数』の存在として認識しているだろうか。いや、していない。理屈で考えればそうであることは間違いないが、自分の存在の仕方をふだんから『一人称単数』として意識しているかというと、そうではない。これは外国語の、おそらくは英語を母語あるいはそれに近いものとして受け止めている人の考え方だ。とはいえ、村上春樹を「日本人のくせに、なに、かっこつけちゃって」とケチを付けたいわけではない。小説家、翻訳家として、英語や日本語の文章を書くときに人称を意識していることの表れなのだと思う。そう考えたら、小説を書く人というのはそういうものなのかとなんだかとても感心してしまった。

一人称単数 (文春e-book)

一人称単数 (文春e-book)