Life and Pages

本や映画、音楽、日々の雑感

犬は歌わないけれど

「『毒にも薬にもならない人畜無害の歌ばかり書いて』と自分はこれまで幾度も揶揄されてきた。だが、あえて言葉を返すのなら、皮肉ではなく事実として、何者も傷つけない無害の歌を書くなど、本来は途方もなく難しいことだ。」

いまだにTV局の玄関先で入館許可証の提示を求められるという、いきものがかりのリーダーは憤っている。いや、それほどでもないのかも知れないけれど。彼の志は高く、「泰然と、ただそこに在ることで、多くの人々の心に寄り添うことりできる桜のような歌をいつかかけないか」と願っている。彼が目指す高みは遙か彼方かもしれないが、しっかりとした目標を持って進んでいることがすごい。この本を読むと、彼の考えの深さが行間からあふれてくる。

音楽を作る人は、ストーリーテラーなのだと思う。水野君は祖母が残した手帳から、母から自分へ、そして自分の子どもへと続く物語を見いだす。父親が撮った写真から、幼い自分へ向けられた思いを読み取り、印税の明細から自らが生み出した歌に対する人々の愛を見る。

時代に対する感覚も鋭敏だ。かつては勧善懲悪という言葉が成り立っていた(と誰もが思っていた)から、悪を懲らしめる正義のヒーローが主人公が活躍するTV番組がたくさんあった。現代は、そんな簡単な構造にはならない。「正義が向き合うのはもはや"悪"ではなくなった。この現代において正義が向き合うのは"異なる正義"だ。」その通り。私はおもわず口に出してしまった。理想論ではなく、耳に優しい言葉でもなく、自分の想いを、考え抜いた戦略と磨き上げた技術で投げ込んでくる。心に届く詞とメロディを創りだす人は、文章もうまいものだなあと、改めて感心した。