Life and Pages

本や映画、音楽、日々の雑感

わが盲想

この著者のことは高橋源一郎のラジオにゲストとして話していて、その声をまず知った。達者な日本語で親父ギャグを連発。本当に日本語の運用能力が凄い。そして話を聞いていると、なんと眼が見えないのだと。しかも、日本語で本を書いたのだと、世の中には凄い人がいるものだとすっかり感心してしまった。

著者はスーダン人のモハメド・オマル・アブディンさん。12歳のときに視力を失う。それでもスーダンの大学に通っていたのだが、19歳の時、日本から鍼灸の資格を身につけたい外国人の留学生を募集していることを知る。英語と点字の試験があり、英語はできたのだが、点字は全くダメだったらしいが、受験を決めてから学び始めてまだ1か月ということに試験管が驚き、その将来性を買われて(?)日本に留学が決定した。

まずは板橋区の団体施設に受け入れられる。そして資格を得るための勉強をするために福井県立盲学校へ入学する。日本語で時々英語混じりで鍼灸について学ぶのだが、耳からの情報だけが頼りの上に、英語で説明してもらっても、人体の部位の学術的な名称は初めて聞くことばかりでさっぱりわからない。しかも日本語の日常会話も初めて学ぶわけで、同時に、それとはまったく異なる日本語での専門用語を学ぶ事になる。さらに福井弁も同時に学んだ。よくぞ乗り切ったと思う。見事国家試験に合格したのだ。

とはいえ、彼は鍼灸の資格を取って生きていこうと考えていたわけでなく、日本に行けるならと応募したのが留学の動機だった。次に彼はつくばの技術短期大学の情報システム学科に入る。いよいよ憧れの東京に行けると思っていたのに、ここは東京ではないことに気が付く。そこで彼は、東京外語大学の日本語学科に入学する。ここでも、学生寮から大学まで、何度も電車やバスを乗り継いで通学するという、わたしたちの想像を絶する努力を続ける。ここで、音声を読み上げて、文字変換してくれるパソコンのソフトに出会い、彼は日本語を自分で書けるようになる。同音異義語を順番によみあげてくれて、選択して確定するのだという。これが親父ギャグを鍛える訓練になっているようだ。

それから、なんと地元のスーダンの女性と国際電話を何度かかけただけで、結婚することになる。そして、第一子を授かり、出産間近に東北大震災に遭遇。地元からは東京を離れろ、と電話がかかってくる。そして、二人は九州まで行って、無事に子どもを得た。

なんとも凄すぎる人生だ。この本は2013年に発行された。彼のTwitterもあるのだが、2019年から更新されていない。現在の彼が気になるところだが、ラジオに出演していたことを考えれば、日本のどこかで奥さんと暮らしているのだと思う。