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NHKテレビ よみがえるオードリー・ヘップバーン

ハリウッドのメークアップアーチストとして、2度のオスカーに輝いたカズ・ヒロ。

彼は理不尽なことの多い映画界を離れ、現代アートの世界に転身した。彼が作るのは人間の頭部。リンカーンジミ・ヘンドリックスフリーダ・カーロアンディ・ウォーホールなどの巨大な頭部をメークアップアーチストとして磨いた技を駆使し、シリコン樹脂で立体的に作り上げる。頭髪や産毛、髭などは一本一本埋め込んでいく。顔の色も、最初に毛細血管の青色を塗ってから他の色を重ねていくのは人体構造を再現しているようだ。だから人間の頭部の8倍近くもある像なのに、皺、筋肉、毛細血管まで、まるで生きているようだ。そして再現された表情は、微笑み出す一瞬など、その先の行為を予感させる。

昨年、展覧会に出品するためにオードリー・ヘップバーンの像に挑んだ。作るのは二体。一つはローマの休日の頃の若き美貌の中に強い意志を感じさせる表情。もう一つは晩年に映画界を離れてボランティア活動に身を捧げていた時の慈愛を秘めた表情。同じ人物が、それぞれの人生経験を反映したまなざしを投げかける。映画や絵画とは違って、立体像は正面だけでなく、右からも左からも表情をのぞき込めるし、後ろにも回り込める。まずは、生きているようなそのリアルさに驚く。それから美貌に。次第に意志の強さや頑固さも感じ取れる。ヘップバーンのさまざまな人生の局面が浮かび上がると気づくと、どれだけ見つめていても飽きない。会場を訪れたシャーリーズ・セロンは、2体並んでいてもどうしても晩年の像のほうに目がいくと言った。人生の深みが刻まれていて、様々なことが読み取れるからだ言う。

カズ・ヒロはその人の人生を作り込むのだと言う。できるだけ多くの写真や記事、映像などから、その人の人生をイメージする。人間の右の顔と左の顔は対称形ではない。目に、口元に、顔の筋肉に、内面に抱えた多面的な性格を具象化していく。彼は京都で育った幼い日々に、人々の表の顔と裏の顔の二面性などに関心を持っていた。そして、人間の顔の不思議さに強く惹かれ、高校生の頃から特殊メイクのアーチストを志す。人間の顔はその人の人生が集約されているという考えが、彼の作品を興味深いものにしている。ハリウッドでNo.1のメイクアップアーチストになったが、CGの台頭などもあり、メイクの重要性を顧みない現場に失望した。そして、師匠のディック・スミスの死後、映画界から足を洗い、現代アートに取り組むことにした。

人間の表情の奥にその人の内面を読み取り、それまでの人生経験を想像し、生身の人間以上にリアルなアートとして、その人物を表出する。それはハリウッドで彼がやってきたことと何ら変わらない。商業主義から芸術の世界への転身などという経済誌が喜びそうな心変わりではないのだ。

 

カズ・ヒロは、今もハリウッドのそばに住んでいるが、本人は映画界に戻るつもりはない。ゲイリー・オールドマンシャーリーズ・セロンといった名優からの指名に応えたのは、例外でしかない。それでも、後輩たちを育てるために、全世界を回ってメイクアップアーチストたちに彼の持つ技術を惜しみなく伝えている。日本国籍を捨てたのは、正しい選択だったと思う。いつの時代も芸術家は絶滅危惧種だが、狭くて浅い日本にいては窒息してしまう。同時代を生きる芸術家の姿に驚き、彼の言葉に前進する力をもらった。