Life and Pages

本や映画、音楽、日々の雑感

父を想う

「夢は追いかけた分、近づいてくる」そう言ったのは、ブラジルの国民的ピアニスト、ジョアン・カルロスマルティンス氏だ。13歳でプロデビュー、何度かの災難に見舞われながらも、ビアニストとして活躍していたが、両手の指が思うように動かなくなり、2019年に引退する。しかし、彼のファンだという工業デザイナーが開発したグロープのおかけで、また演奏ができるようになった。来年はカーネギーホールで演奏するという。

今回読んだ本は、このピアニストの話ではない。中国の作家閻連科が伯父、父親、叔父の三兄弟のことを回想して書いた本だ。喘息だった父親は、無理を重ねて、若くしてこの世を去る。著者は親不孝だった自分のことを深く自省する。自分のために無理を重ねて死んだのではないかと。父の兄の伯父は、七人の子供たちのために必死に働いた。普段寡黙なその人は、あるとき我慢が限界に来たのか、子供たちを坐らせ、「おまえたちを殴り殺せば生活は楽になる」と言いながら次々に殴っていく。それでも晩年は心安らかにこの世を去った。父の弟の叔父は、農村を離れ、工場労働者になり、責任のある仕事についた。一ヶ月の給料は農民の3倍になったが、機械が止まると責任を取らされ、給料を半分にされた。晩年は村に戻ったが誰とも話しがあわず、酒と賭け麻雀にのめり込んだ。そしてよって転んだのが原因でこの世を去った。

親世代の三人の人生を振り返りながら、著者の眼差しは人生の深淵を覗き込み、人間が生きることの意味を問う。寒村で生まれただけで、人生が決まってしまう時代の中国に育った作家は、不条理の中でも尊厳を持って生きた人々の人生の意味を読み解いていく。

「健康な人にとっての死は人生のはるか先にあり、一日ごとに一歩ずつ、そこへ近づいていく。手を伸ばせば届くところまで行ったとき、あの世へ連れ去られるのだ。だが病人は、一日ごとに一歩ずつ、死に近づくだけではない。死が向こうから、一日ごとに一歩ずつ駆け寄ってくるのだ」著者は、父の死の意味を考えながらそう書いた。この言葉が、TVで見たブラジルのピアニストの言葉と重なり合った。

コロナ禍のせいか、以前よりも死はずっとリアルになった。以前なら考えても仕方ないと片付けていたことも、考えるようになった。それは悪いことではないように思う。ネガティブなことばかり考えているわけでもないし。

「あと20年生きられれば、昔のように弾けるようになるよ」と80歳のジョアンは笑った。自分の人生を自分の手でしっかりとつかんでいるか。今は誰もが、そう問いかけられているのかもしれない。

父を想う: ある中国作家の自省と回想

父を想う: ある中国作家の自省と回想

  • 作者:連科, 閻
  • 発売日: 2016/05/26
  • メディア: 単行本