Life and Pages

本や映画、音楽、日々の雑感

論考 君はいつからきれいになったんだろう

去年いやその前の年かな、ラジオでやたらと「君は綺麗だ」と歌うのを聞いて、へえーと思ったことを思い出した。好きな女の子に対して僕は「運命のヒトじゃない」と言い、僕にとって君は何かと男の子は自問する。そして、確かなことはひとつ「君は綺麗だ」と言うのだ。Official髭男dismのPretenderという歌の歌詞だ。

へえーと思ったのは、ずっと昔の歌謡曲では(えらいジジイの言い方だけど)、あなたが好きですとさえ言わなかった(はずだ)。好きだという感情を別の言葉に託していたように思う。好きだなどとは言葉にしなくたってわかるだろ、という照れを共有できていた頃のお話だ。

そして君が好きだよ、とかアイラブユーと言う時代に突入する。言葉にしなければ伝わらなくなったというより、洋楽でI love youというかっこよさ、潔さが浸透したのではないかと思っている。

ついには一緒になれない運命の女性に対して、綺麗だよとあけすけに言うところまでコミュニケーションが変化した。成熟というのかどうかは和からないが、確実に変化した。男が強がることを捨てたのだ。

そう言えば、他にも「君はキレイだ」という声を思い出した。2018年の1月1日におもしろ荘という番組に出ていたお笑いコンビレンイボーのジャンボたかおかが、コントの中で女装した相方に「君はキレイだ」と言う。これはベタな感情表現を笑う仕組みだったが。調べて見ると、髭男の歌は2019年発表だった。ついでにもう一つ調べて見ると、2011年にスキマスイッチが「キレイだ」という歌の中で「君はキレイだ」と歌っていた。こちらは写真の中の彼女に言っているので、客観的に振り返って見ると、そういう言葉もわかる気がする。

となると「君はキレイだ」という言葉は少しずつ人口に膾炙されていた状況に、ぬけぬけと髭男が剛速球でストレートの意味を投げ込んだということか。君は少しずつキレイになっていたのだ。

追記: 友人の作家から、「なごり雪」でも君はキレイになったという歌詞があったと言われた。そうだ、そうだ。あの歌詞は、美醜というよりも女の子が成長して、女性になったという意味で理解していたから、なんの疑問も持っていなかったんだなと思う。

閑話休題 2020を振り返って

今年初めてアメリカ人の友人と話す。話題は、2020年を振り返る、ということになった。コロナ禍については、「あのときこうしていれば」というHindsiteはいくつもあった。ダイヤモンドプリンセス号の時にうまく対応できていれば・・・。春節の前に警戒していれば・・・。オリンピック開催にこだわらなければ・・・。が、私個人にとってはマスクのことだ。

手元にいくらかマスクがあったことも大きいが、マスクを買わなくてはと、焦る気持ちもあった。だが、マスクの効果がある程度見えていたのだから、まずは、自作してみることを考えるべきだったと思う。近頃は、ハンカチなどでつくった自作マスクはあまり効果がないというデータも出ているが、あの時点では、まずは自分でやれることは何かをしっかりと考えて行動すべきだった。ただの消費者に成り下がり、自分の頭を使うことをないがしろにしていたなと思う。

フェイクニュースが増えたし、SNSでもうそか本当かわからない情報が増えた。まず自分でできることは何か、そしてその説の根拠は何かを冷静に見極めて行動することがこれからは今まで以上に重要になる。

テレビ テンペスト

昨年末に再放送されたドラマ「テンペスト」を10回分まとめて観た。幕末から明治にかけての琉球王朝の物語を描いたこのドラマは、2011年に放送されたものだ。首里城でロケが行われており、今は観ることのできない美しい王宮内部が映し出されている。

琉球王朝は中国と薩摩に支配されながらも、なんとか王国を維持してきたが、黒船が現れ風雲急を告げる。平和で美しい国に見えていたが、内部では権力争いがあり、神託による統治も私欲が入り込み神の言葉にも虚言が混じる。現王族も先王の家系を滅ぼしての即位だったことから、さらにスケール大きな物語になっている。

主演の仲間由紀恵が沖縄の衣装を着た時の艶やかさは素晴らしい。他にも上原多香子など沖縄出身の俳優が配置されていて、リアリティが増した。そしてエメラルドグリーンの海やサトウキビ畑など沖縄の風景が美しい。

第一回、第二回は、どろどろとした王宮内部の人間模様が描かれていてうんざりしたが、その状況設定が終わった後は面白かった。龍の子供であることを示したり、神力の出現、幽霊の登場シーンなどはCG表現で頑張っていたが、原作の小説なら、すんなりと読み進められるのだろうなと感じた。それにしても琉球のことは何も知らないことに気づかされる。アイヌのこともそうだ。日本にとって大切な、こんなにも身近な歴史を学び直そうと思う。ちなみに、琉球の人は人類史的にはアイヌに最も近いという。

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ワイルドサイドをほっつき歩け

イギリスに住む著者の身の回りにいるおっさんたちの観察日記。なにかと悪者にされがちなおっさんたちが、ワイルドサイドでしぶとく生きている様を優しい目で眺め、愛おしい存在として描いている。そして彼らのリアルライフを描いていくと、ブレクジットの話もアル中の乞食の話も医療の問題も出てくる。

若い女のホームレスがパブをまわって、小銭をたかっていると、おっさんたちは同情心からいくらかずつ渡してしまう。その場に一緒にいた大学生の息子は、「あげてはいけない。だって、その金で酒を買うんだから、アル中の治療を邪魔することになる」と言う。店員の黒人女性が外へ連れ出し、私もそういうところにいたことがあるからわかるけど、あなたもそこ(施設)へ行きなさいと言うと、ホームレスの女は、人種差別発言をその人に向かって言う。そして、おっさんたちが、パブを出て次の店に行こうとすると、さっきのホームレスが酒を飲んでいる。

タクシー運転手のおっさんが、酔っ払って夜遅くなり、大嫌いなUBERに乗って家に帰る羽目になったこと。

ベトナム人若い女の子が、がんで余命わずかなおっさんの最後の日々を一緒に過ごしたのだが、自分がもらえた遺産の学が少ないと憤る話。そしてまた、その女の子は、ロンドン滞在中に知り合った別のおっさんとWhat's upというアプリで連絡を取り合い、いい仲になって、こんどおっさんがベトナムに行くことになり、イギリス人の友人たちは、遺産目当てじゃないのかと疑う。その話を聞いた著者は、自分がイギリスに来たばかりの頃に、アジア人であるが故に偏見をもって見られたことを思い出す。なかなか複雑な話だ。

それから私は知らなかったのたが、NHS(National Health Service)という保険制度があって、イギリス人であれば誰でも、外国人でも合法的に滞在している人は誰でも無料化少額で医療を受けられる制度がある。しかし、税金での資金繰りが追いつかず、破綻に近づいており、風邪で診療を受けたいと申し込んでも、何ヶ月も先にしか予約がとれない。歯が痛くても、がんになったとしても同じだ。金持ちたちは民間の病院へ高額の医療費を払っていくので、NHSは、貧しい人や移民たちがあふれるようになる。それがイギリス人たちは気に入らない。トランプ大統領が民営化して、運用しようかと言ったらしく、それに腹を立てている英国人も多い。さらに、ブレクジット投票の際に、「離脱すれば週3億5千万ポンド(約500億円)のEUへの拠出金をNHSへ回せる」という噂がまことしやかに囁かれ、そのためにEU離脱に投票した人も少なくなかったという。

そんなリアルなイギリス社会が垣間見られてなかなか面白い。

 

 

あなたの会社、その働き方は幸せですか?

上野千鶴子さんと出口治明さんの対談。京大の同期なのだというが、全然違う個性のようだが、リベラルで合理主義の教育者というのは大きな共通点だ。いくつも名言があったのだが、なかでも多様性とは個性を尊重することで、それは合理性を重んじることだ、という考えはとても共感する。多様性はダイバーシティとなぜかカタカナにされることが多いが、それを標榜する企業は外国人社員が多いとか、女性の能力を活用していることを例に挙げる。それはなんとなく違う気がしていたが、合理性を重んじると言われて、全くその通りと膝を叩いた。

採用面接の成績と入社後のパフォーマンスにはなんの相関もないそうだ。なるほど。だからこそ、本人が納得して仕事をすることが大事なのだ。そして今の学生は、就職しても5年以内に会社を再検討するそうだ。終身雇用に期待していないのはいいことだが、それなら余計に自分の働く意味や目的を考えないといけない。学生時代から学ぶ習慣をつけていくことが大事だし、それはきっと楽しいことだ。自分で軸足を定めて、自分で考えるために学ぶ。学校を卒業してから方が長いのだから。

あなたの会社、その働き方は幸せですか?

あなたの会社、その働き方は幸せですか?

 

 

翻訳はいかにすべきか

すすめる人があって、この本を読む。柳瀬尚紀といえば、ユリシーズなどの翻訳を手がける翻訳の大家である。ここでは、持論を展開にするにあたって、世に出ている翻訳書の訳文を取り上げ、自分あればこう訳す、というか、このようにしか解釈できないはずだと説明してくれる。御節ごもっとも過ぎて、指をくわえて読む進めるしかないのだが、著者は誰かをけなしたいわけではなく、しっかりと原文に描かれている景色が見えているかと問う。そして、訳文が日本語としておかしくないかと問うているのだ。

そして翻訳は好きだからやる、という姿勢が大切なのだということがよくわかる。面白いことには違いない。もちろん、しっかりと読めていれば、ということだ。学び続けることだ。

翻訳はいかにすべきか (岩波新書)

翻訳はいかにすべきか (岩波新書)

  • 作者:柳瀬 尚紀
  • 発売日: 2000/01/20
  • メディア: 新書
 

 

神さまの貨物

むかしむかし森に暮らす夫婦がいた。夫は侵略者によって毎日土木工事をさせられていた。妻は食べ物になりそうなものを探して歩くがたいしたものは見つけられない。それでも毎日毎日森の中に出かけていった。貧しいけれど子供がほしいと毎日神さまに願っていた。

いつしか森の木が切られ線路が引かれ、貨物列車が通るようになった。妻は列車が通るたび、手を振り、神さまからの贈り物が届かないかと期待を募らせていた。ある日、貨車の小さな窓から何かが投げ出された。妻が近づくと、美しい布に生まれたばかりの赤ん坊が包まれていた。きっと神さまが願いを聞いてくれたに違いないと妻は思った。

その子を育てようと、妻は懸命に努力をする。夫はその子を殺しにやってきた兵隊に抵抗し命を落とす。妻は匿ってくれる人を探してその家に身を寄せるが、その人は解放軍の兵士に殺されてしまう。そして世界を巻き込んだ戦争が終わり、妻は成長した娘と一緒に過ごしていた。そこに現れたのは、あのとき貨車から赤ん坊を投げ出した・・・。

短い物語は淡々とした調子で、戦時下の景色を描いている。それでも、どれほど厳しくつらい日々をかいくぐってきたのかが、十分すぎるほど伝わってくる。これは事実なのかという問いは見当違いだ。愛を信じることの物語であり、本当にあったかもしれないお話だ。

神さまの貨物

神さまの貨物

  • 発売日: 2020/10/07
  • メディア: 単行本