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こころと脳の対話

「そこをわきまえていないと、そういう(精神)分析の話をしてみんなを喜ばせているうちに、そういう気になってくるんです。だから怖いのは、カウンセラーで、講演が上手になる人はみんなだめになります」P196

精神分析をしていると、犯人像などについてコメントを求められることがあるが、河合先生はそれを全部断るのだという。何かのデータや数字をもとに人をすぐに判断しようとするのは世の中の風潮だが、河合先生は、人間はそうしたことで判断できないと思っているからだ。相手を感心させる分析はいくらでもできるが、それをしないのは、人間を分かった気になってしまうからだという。

では、ユング派の河合先生は、カウンセリングでは何をするのか。中心をはずさずに人と接する、のだという。その人をとにかく正面から受け止め、話を聞く。なにも反論せずに相手に話させる。そうすると相手が自分で考え、変わっていくのだという。そして普通の話をずっと聞いているだけなのに、とても疲れることがあるという。そういうとき、その人の病状は深い。河合先生は全身全霊で相手を受け止めることだけに集中して話を聞く。疲れてしまうのは、相手との関係性を築くために苦労するからなのだ。

河合先生がタクシーに乗ると、運転手さんが身の上話を始めてしまう。たぶん、うなずき方だったり、間のとり方が、相手に話をさせたくなるのだろう。本当の達人だ。

脳科学を研究する茂木さんは「クオリア」という感性的なことに感心が向かっている。河合先生は、自分がしていることは近代科学とは違うと言い切る。「関係性」と「生命現象」についての研究だという。普遍的なものを扱うと割り切ったのが科学だ。生命現象は科学の手法では定義できないことがたくさんある。可能性について考えようというのが、ユング心理学だという。

「いまいくらグローバリゼーションといっても、文化まで普遍的に一元化するわけじゃないでしょう。ほかが普遍化するだけ、文化はむしろ多様化するというのと、僕は似ているように思っているンですけれどね」P192

新型コロナの時代と共存しなければならなくなったいま、心に響く言葉だ。

こころと脳の対話 (新潮文庫)

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