Life and Pages

本や映画、音楽、日々の雑感

献灯使

ドイツ在住でドイツ語で小説を書いている多和田葉子さんの小説。この本は日本語で書かれ、英訳版が広く読まれているという。義郎という老人が、無名という名の小学生と二人で仮設住宅で暮らす。この二人はおじいさんと孫という関係ではない。曾おじいさんと曾孫なのだ。舞台は未来の(すぐ先かもしれない)日本。大災厄に見舞われた後、日本は鎖国政策をとることにした。外来語は禁止され、鎖国以降に育った子供たちはそもそも外国語(外来語)を知らない。老人たちはみな、不死であるかのように元気で動き回る。義郎は107歳になる。子供たちはみな、ひ弱で食事をすることも歩くこともままならない。無名は15歳の時には車椅子を使うようになる。無名は献灯使に選ばれるのだが・・・。

多和田さんは東日本大震災のあと、福島に何度か訪れた。そのときに見た日本は「私が長年ベルリンから見て感じていた姿だった」という。元気な年寄りと繊細なこども。たしかに、この小説で描かれる人々は、フィクションとは言え、現代の日本の老人の姿のどこか一部を引っ張ったり、こどもたちの一面を拡大しただけといえなくもない。現代小説の中に、現実と似た風景を見ることはよくあることだが、近未来SFとも、ディストピアともいえる小説の中に、今の日本の風景のかけらが散乱して乱反射している。

自分自身も、どこかおかしい、このままじゃいけない、と思いながら年月を過ごしてどのくらい経っただろう。政府御用達メディアばかりになっている今、小説の力、役割をあらためて考えた。

献灯使 (講談社文庫)

献灯使 (講談社文庫)