今年のアカデミー賞で、山崎貴監督が「ゴジラ-1.0」で視覚効果賞を受賞した。名前をよばれ、スタッフたちとステージに上がったとき、一人の人物の写真を手にしていた。それはROBOTという会社を起こし、さまざまな日本映画を作ってきたプロデューサーだ。私は直接面識はないのだが、近しい友人を通じて、その人柄や活躍を聞いていた。その人の著作がこの本だ。
たいていの成功者の話は、自慢話に聞こえてしまうものだ。以前にも、アカデミー賞をご自身のプロデュース作品で受賞している人ともなれば、当然そうなりそうなものだ。が、阿部さんの語り口は、それを感じさせない。人柄が文章にもにじみ出ているのだろう。CMや映画作りはもちろんのこと、人を育てるプロフェッショナルだったんだなあと感じた。
この本の中で好きなエピソードは、自社の社員をアメリカに映画を勉強するために留学させようとしたところ、UCLAなどのメジャーな大学には落ちてしまい、自分で探してきた、それほど有名ではない大学に受かったそうだ。会社としても、本人としても、本場の映画を学ぶことに加え、キャリアに箔を付けるためにも名の知れた大学へ行くことは意味があるが、微妙な大学に行くのはどうなのだろうと思って、よくよく本人に聞いてみると、行きたい気持ち半分、行かなくてもいいかなという気持ちが半分なのだという。そこで、コインを投げて決めさせることにした。結果、日本に残ることになったが、その方はその後、映画監督として成功を収められた。コインを投げて、そんな大事なことを決めるな、という考えもあるが、いやいや、人生の岐路に立ったときこそ、コインに人生をかけるという覚悟が求められているように思う。コインのどちらの面が出たって、それで終わるわけではない。そこから始まって、成功とか失敗はずっと後で、結果が出るのだと思う。
阿部さんとは一度話してみたかったなと思う。