Life and Pages

本や映画、音楽、日々の雑感

風よ あらしよ

伊藤野枝の人生を描いた小説だ。大杉栄とともに憲兵隊に殺された彼女は、歴史的には恋多き女として知られている。瀬戸内寂聴もまた、自分の人生を重ねるように彼女の物語を書いている。野枝は大杉との間に4人の子どもを成すが、それに先立ち彼女と大杉は無政府主義の同志だった。いや思想的には、大杉よりも遙かに進んだ理想を持っていた。

福岡の近くの貧しい村で生まれたノエは、口減らしのためにあちこちの家にたらい回しにされる。貧しいが故の仕打ちと女であるがための理不尽な扱いに疑問を抱き、学ぶ事で自らの逆境を克服しようとする。遠縁の東京の叔父に手紙を書き、東京の女学校へ進む援助をして欲しいと訴える。そのあまりにも筆の立つ手紙に驚きながら男であれば援助は惜しまないのだがと思いつつ、叔父はノエを迎えることにする。ノエは必死で勉強し、女学校の編入試験に合格した。

こうと思ったら、とにかく突き進む。その行動力がいろんなことを引き起こす。女学校の卒業が近づく頃、ノエの嫁ぎ先が親たちによって勝手に決められた。ノエはなんとか逃れようとしたが、逃げ場がなく仕方なしにいったんは嫁ぐものの3日で飛び出し、女学校時代の英語教師に助けを求める。ノエのことを憎からず思っていた辻は、学校や親からの糾弾によって教職を辞しノエとの生活を始める。ノエは自らの窮状を「青鞜」を創刊したばかりの平塚らいてうに手紙で訴える。その文才を認めた平塚はノエを同人に加える。ノエはペンネームにするために、このときから自分の名前を野枝と改めた。

ようやく自分の居場所を見つけたように思い、青鞜で働くノエだったが、大杉栄と出会い、その思想に共鳴する。大杉自身は社会社義者では断じてなく無政府主義だとはいうものの、それすら堅苦しいと考えていて、自由が好きなだけだと言っている。そしてその実験だと言って、妻以外に野枝と新聞記者の女性との複雑な4角関係を続けることになるが刃傷沙汰も起こり、ついには野枝が大杉と運命を共にするようになる。そして、政情不安のこの時代、大正12年関東大震災が起こる。デマによって多くの外国人が殺されたが、社会主義者たちもまた、デマによって民衆から狙われる。一方で憲兵たちは、あまりに自由な生き方をしている大杉を検挙する機会をずっと狙っていた。国際的な社会主義集会に参加するために行っていたフランスから強制送還された大杉とそれを出迎えた野枝、たまたま一緒にいた知り合いの男の子の3人は、憲兵隊の甘粕正彦らに検挙され謀殺される。

この本では伊藤野枝の生い立ちとその中で生まれてくる彼女の葛藤を描いていて、激動の時代に生きた女性の苦労が浮かび上がってくる。100年前の日本で当然のように思われていた女性差別は今もなくなってはいない。デマに踊らせて、暴徒と化す人間の姿は、米国の前大統領支持者の一部として、つい最近見た光景だ。時代は変わり社会は変わるが、その変化は遅々として進まない。だからといって、時代の空気に身を任せているだけでは、何も変わらないし、暴徒が自分を目指して来る日が来ないともかぎらない。世の中の風潮を他人事にせずに、そして自分の信じる道を生きること。それは一の時代も変わらない、人間の生き方なのではないか。