Life and Pages

本や映画、音楽、日々の雑感

傘のさし方がわからない

このタイトルはどういう意味なのだろうと思ってページを開くと、その話から始まった。雨の中、傘を差し掛けながらお母さんの車椅子を押す作者。途中、ケータイの所在を確認しようと、ちょっともっててと母に傘を渡す。無事に確認できて、傘を受け取ろうとすると母はそこにいない。手にした傘が強風に煽られて、離れていく! なんとか無事に母と傘に追いつき、なんでそんなに傘のさし方が下手なのか、と母に言うと、母から返ってきた言葉が、この本のタイトルだった。母曰く、車椅子に乗るようになってから、片手で何かを持ちながら進むということができなくなった、と。こえした、言われて見毛羽、なるほどとか、へーとなる発見がこの本には多い。日々の暮らしを見つめる眼の解像度が高い、というか、センサーが敏感なのだ。作家というのはすごいものだ。

この本は、昨年、岸田さんが書いた本の続編。日記と合わせると三冊目の本だ。前作では文章で笑わせる才能の凄さに感心したのだが、この本では日常の中の違和感、小さいけれど、実はとても大きなバリアだったり、不条理だったりを発見する力に驚かされた。

「でも残念ながら、差別は姿かたちをジワジワ変えて、いまもわたしのすぐそばにいる。世の雑踏に紛れるほどの変身を遂げた差別のことを、わたしは『思いこみ』と読んでいる。」この言葉はすごい。ダウン症の弟と一緒にいることを大変だと勝手に決めつけられたり、ダウン症の子は天使よね、と訳知り顔で言われたりするというのだが、彼女は弟のことをダウン症だからではなく、弟だから、愛している、と言い切る。

愛という言葉は空虚に響くことの割合が圧倒的に多いのだが、彼女の発する言葉は失速することなくまっすぐ届く。作家としての彼女の紹介文を読んで納得する。「100文字で済むことを2000文字で伝える作家」。