Life and Pages

本や映画、音楽、日々の雑感

一度きりの大泉の話

萩尾望都の漫画は何冊か読んでいる。十数冊かもしれない。それでも、全作品数に比べたらそれしか読んでいないというべきだろう。この本はいっとき話題になっていたのでずっと気になっていて、とうとう読むことにした。ここに書かれていることは本当はどうなんだろうというようなことは私にはどうでもいい。ただ、この本を通じて萩尾望都の想いが伝わってくる。思考の癖もわかる気がする。文章から立ち上がってくる人柄もとても好きだ。

これはとても不思議な本だ。本来なら本人以外知らなかったはずの個人的な出来事と想いを、かの有名な漫画家本人が話してくれたわけだから。そして、それだけの意味のある内容だと感じた。

本筋とは関係ないかもしれないが、面白いなあと思ったのは、ある漫画の主人公を男の子バージョンと女の子バージョンを描いてみて、社会の中での女の子の窮屈さに気づいたということ。少年を描くことの解放感! という言い方もしている。自分の手を動かして考えていくことで真実をたぐり寄せていく感じは、らしいなあと感じた。また別のページでは、萩尾望都が漫画を描くことをずっと反対していた母親が、取材に来た記者に「反対したことはない」と言ってしまったことに対して、なぜ嘘をつくのかさっぱりわからないと言いきる。そして、その取材をした記者は母親の言い分を信じ、萩尾望都が嘘をついているような書き方をしているこで、その記者とは二度と仕事をしないとも言っている。いいと思う。ノーベル賞を受賞した真鍋さんも言っていたけれど、日本で普通に大人というものをやって生きていると、よくわからない力が働いて面倒なことに巻き込まれることがあるから、こうした言葉には快哉を叫ぶ。親なんだからとか大人げないだとか嫌らしい言い方をする人がいっぱいいるけれど、こういう態度ってとても大事だと思う。

この本のなかのいくつかのエピソードを、似たようなことは私にもあったよ、というような読み方をすることもできるだろうけれど、一般論という水で薄めるような理解のしかたをしてはいけないように思う。この本はそっと閉じて、萩尾望都の漫画を読むことにしよう。