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映画 ノマドランド

荒野にどこまでも続く広大な風景の中を先へ先へと伸びるハイウェイ。モノトーンだが、荒野ではない。未来都市のようだ。そのハイウェイの上を一台の車が静かに進んでいく。日本では職人さんたちが仕事に使うワンボックスカーのようだ。小型のキャンピングカーだという人もいるかもしれない。その車が向かう先に広がるのは自由か不安か。

こんなアメリカの断面を久しぶりに見た気がする。前大統領がクローズアップされてから、アメリカの映像といえば、いつも群衆が映っていた。あるいはダウンタウンが。大きな国土を自動車道路が横断し、車で移動する国民だということを忘れていた。家を失った労働者階級はヤドカリのように住居兼用の車で移動し、各地で仕事をしては生活費を稼ぎ、そしてまた車で移動して行く。定住地を持たないノマドとして。

かつては荒野を移動するのはモーターサイクルであり、派手な色のアメ車だった。自由を堪能するために、ヒッピーと呼ばれた若者たちはスピードを上げた。今、生活道具を詰め込んだVANでアメリカを漂流するのはワーキャンパー(ワークキャンパー)と呼ばれる高齢者だ。彼らは低賃金労働を続けて生活してきたために、60歳を過ぎても支給される年金は月500ドルほどで、家賃にもならない。借家を追い出され、車上生活をしながら職場を求めてあちこちへと移動する。駐車場を無料で提供してくれるアマゾンは彼らにとってはいい職場だ。実際にアマゾン側も、彼らの労働力がなければ成り立たないという。だが、働ける期間は短い。年末のセールの時期が終われば仕事は終了。他の仕事を求めて移動しなければならない。

映画には本当にノマドとして生活してる人たちが登場する。そのせいか、ドキュメンタリー映画のようにも見えてくる。彼らの一人が語る。「この生活をしている仲間たちに、さよならを言ったにとはないんだ。いちかまたどこかで会えるからね。See you down the road!」彼らは決して暗くない。ささやかではあるが、楽しみを見つけて暮らしている。

この映画を観ていて、生活に必要なものを積んだ車でハイウェイを前進していくようすは、人生そのものに思えた。自分も家をひきずって、前へと進んでいるのは同じだなと。荷物が多すぎるのかもしれないし、景色が退屈なのかもしれないが。人間関係までも引きずっているところのは、ノマドと決定的に違うなあ。

映画「イージーライダー」に自由への想いを重ねた世代。まさにその世代がワーキャンパーになっている。だとすれば彼らのVANは自由を求めて進んでいくのだろう。そうあってほしいと願う。

主人公役のフランシス・マクドーマンドは今年の主演女優賞を獲った。彼女は意思を持って移動を続ける、本物のノマドに見えた。

2017年のアメリカの今は「ラ・ラ・ランド」だったのに、2021年には「ノマドランド」になった。劇場からは観客の笑い声が消え、世界的な暗い現実がとなりに坐っていた。

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