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本や映画、音楽、日々の雑感

日々翻訳ざんげ

師匠の翻訳生活40周年の振り返り本だ。高校の英語教師時代から翻訳を始め、その後翻訳家として一本立ちして、現在までに訳書は200冊以上を超える。ミステリー、ハードボイルドファンならたぶん田口俊樹訳の本を一冊は読んだことがあるのではないだろうか。

その大家が翻訳生活40周年を振り返り、過去の自分の訳書を読み直して誤訳や試行錯誤について赤裸々に語っている。翻訳書の誤訳を指摘する本は世の中にたくさんあって、「こんな間違いをするなんて信じられない」という非難めいたものを感じることもあるのだが、この本はそもそも自分の訳した本を取り上げて自分で突っ込みをいれている。過去の間違いに対する懺悔と若き日の自分に対する忸怩たる想いが吐露され、そして少々の言い訳を聞かされることになる。軽妙洒脱な文章ゆえに、過去の間違いをユーモラスにくさす、というベテラン漫談家のような語り口に読んでいても口元が緩む。

今でも質問に対しては、即答してくれる事が多いのだが、ご自分でも納得いっていないときは後日調べたりネイティブり見解を聞いたりして、改めて回答してくれる。疑問点をその場限りにしないのは翻訳家の基本なのだろう。1978年から2007年までの訳書の中から20回にわたって時系列順に取り上げていて、その時代の空気感を伝えていて、エンタメ翻訳の歴史書にもなっている。とにかく翻訳が好きなのだということがよくわかる。

小説の翻訳というのは、かなり特殊なものだ。英日翻訳の場合は、日本語で英米文学を書くという不思議な行為であり、英語ができるとか日本語ができるということばかりではなく、お代の取れるフィクションを書ける力量が求められる。作家が翻訳書を出すこととも少なくないが、それは当然のことだ。作家の能力をパートで考えることは意味がないが、あえていうならば、物語を綴る技量に関しては、翻訳者は作家とひけを取らない、そう思う。読み出したら、あっという間に読み終えてしまった。この文章力が何よりの証拠だ。

日々翻訳ざんげ エンタメ翻訳この四十年

日々翻訳ざんげ エンタメ翻訳この四十年

  • 作者:田口俊樹
  • 発売日: 2021/03/03
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)