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アメリカの鱒釣り

不思議な47の物語。鱒釣りの話なのだが、釣りの話ではない。「アメリカの鱒釣り」という概念や言葉や不思議な存在に関する物語だ。「アメリカの鱒釣りちんちくりん」とは何のことだ。ポストモダンと言われて、なるほどと思った。そういうことか。学生の頃に読んだことがあるとずっと思っていた。今回は訳者の藤本和子さんの文章を読もうと思って再読したつもりだったのだが、前に読んだ記憶があまりない。難解であきらめたのか、途中でやめてしまったのだろう。リチャード・ブローティガンについての本を読んで勘違いしていたのかもしれない。こうした幻想的な小説は面白いと思ったが、まねできそうにない。まねして書いてみたなら、ただナンセンスになるだけだろう。ましてや、これを原書から翻訳することを考えると、お手上げだったと思う。この本の解説で柴田元幸さんが学生の頃にこれを読んで翻訳の自由さを楽しんだというのだから、恐れ入る。

その柴田さんが、自分にとってターニングポイントになったこの本の解説を今回書けて恩返しができたという。ふうん。私が恩返しするとしたら、(となぜか今回は自分ならどうしたろう、と考えてしまうのだが)翻訳小説への恩返しか、ミステリー小説への恩返しか、はたまた本への恩返しか。考えてみるのに値する問いだ。

当初の目的の藤本さんの訳語は、原書と引き比べたわけではないから検証はできないが、この本の、ブローティガンの世界観をしっかりと日本語で伝えていると感じる。そもそも翻訳文学を読むという行為は、外国語で綴られた物語を日本語で読むという複雑な行為だ。何語で読んでいるなどと考えることなく、その物語の世界に浸れるのが翻訳の究極のあり方だろう。そういう意味で、素晴らしい訳書だと思う。

アメリカの鱒釣り (新潮文庫)

アメリカの鱒釣り (新潮文庫)