Life and Pages

本や映画、音楽、日々の雑感

浮雲

林芙美子の昭和24年の作品。戦後まもない頃だ。ゆき子と富田の、戦中から戦後にかけての愛憎の物語。今読むと不思議な感覚になる。時代を反映しているのだろう。敗戦後の貧困の中での自暴自棄な感じと、妄想のような希望が、安酒の酔いの中で同居している。これもまた戦争小説なのかもしれない。読んで楽しかったと言う本ではないが、先が気になって頁をめくった(キンドルのページをタップした)ことは間違いない事実だ。

戦争という人の死が日常の中に深く入り込んでいた時代に、二人は互いに自分のいる世界から飛び出し、南印の駐屯地で出会う。仏領だった当時のベトナムは、フランス人たちが作った街なので、日本人にとっては、建物も食べ物も贅沢な別天地。森林を守る役人であるため軍属として赴任した富田、タイピストとして雇われたゆき子。戦争の影はあるが、前線ではない地方都市での暮らしは夢のような暮らしだっただろう。そこで、二人は恋に落ちる。

ゆき子は、お目掛け同然の暮らしから抜け出すためにやって来た。以前の生活からは逃げ出し、冒険心と期待感をもって飛び込んだ異国の地で、富田と出会い、勝手に運命を感じる。やがて恋に落ちるが敗戦とともに日本に戻らなければならなくなる。そして日本で再び富田との愛の日々を継続しようとする。

富田は、自分を取り巻く日常から逃走するために赴任してきた。家族からも、社会からも解き放たれて一人になるためにやって来た。ゆき子との日々は楽しかったが、それは刹那のことだと思っている。敗戦で日本に帰らなければならないということは、家族が待つ生活に、堅苦しい官僚仕事に、戻ることを意味する。

ゆき子は一人で暮らすことなど、考えられない。富田と暮らしたいが、それがだめなら、代わりの止まり木が必要になる。逃げ出してきたはずの伊庭であっても、金をもらえるなら仕方がないと思う。行きずりの外国人ジョンともつきあうが、それはそれでいい。ベトナムでの愛と平和の日々が、真面目で暗かった娘をすっかり変えてしまった。

富田はゆき子と会うつもりもなかったが、会えば昔に戻る。そしてまた、何もかも嫌になって死んでしまおうかとも考える。酒に逃避し、また別の女にも逃避するが、ゆき子とはなかなか切れない。そして、旦那のもとから逃げ出してきて、同棲のようなことになった女が殺され、妻が死に、そして。

戦後すぐの出版ということを考えると、富田やゆき子の、わたしには自分勝手と思える苦悩、自暴自棄ぶりは、当時の読者から共感されたのかもしれない。男と女がいるとすぐにいい仲になってしまうのは、読者サービスでもあり、読者の願望を代弁していたのかもしれない。

 

浮雲 (新潮文庫)

浮雲 (新潮文庫)