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浮世の画家

現実と小説の関わりを考えて見るとき、実際にあったことかフィクションか、といった二分法で考えがちだが、そう簡単にはいかない。実際にあったことは、それを見る人、語る人によって変わってくる。それに時間的経過が加わると、過去の出来事は記憶をたどって語ることになる。だが記憶は変容する。思い込みによって。時代の風潮によって。体験した感情によって。だから同じ過去の出来事を語っても、正反対の見方が両立する。どちらかが嘘をついているといった簡単なことではない。そんな人間の記憶のあり方と、断片的な語りによって、点描のように物語が立ち上がる。所々は、くっきりと。あるところは、点描と言うより、星座を見立てる時のように、どのようにも線がひけるパートもある。そんな書き方で、カズオ・イシグロの小説は成り立っている。人間を描くにはとても正しい手法であるように思う。
この小説は戦後の日本を舞台としているのだが、どこか日本ではないように思える。それは悪いことではなく、どこか現実からすこし浮かび上がった「浮き世」を描いているからだろう。独特な作風を持つ作家だ。

浮世の画家 (ハヤカワepi文庫)

浮世の画家 (ハヤカワepi文庫)