Life and Pages

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作詞入門

この本の初版は1972年。阿久悠が絶頂期を迎えていた頃だ。作詞家として新しい領域を切り開いた大家であるが、とてもマーケティング的に物事を、いや世の中を俯瞰しながら理詰めで考えていた人だったのだとわかる。マーケティング的という言い方は、作家などの枕詞として使われる時、日本人は嫌悪感を示すが、それは芸術家は自分とは違う思考をする天才にまつりあげておきたいからだろうか。だが広告業界からスタートした阿久悠のキャリアを見れば、当然のことだと思う。とてもコピーライター的な思考をする人だと感じた。かといって、コピーライターが皆、あのような素晴らしい歌詞をかけるかというのは別な話だ。発想の広げ方、調査の仕方がコピーライター的であり、プロデューサー的であるということだ。この本は、マーケティング講義の副読本として読んでもらいたいくらいだ。
最近なぜか阿久悠を特集したテレビ番組が重なり、以前買っておいた、この本を引っ張りだした。あらためて凄い人だったと再認識した。世の中のこと、自分がしようとしていることを自分の言葉で語れる人はなかなかいない。この人は天才だからと決めつけて一件落着する前に、この人の言葉を、歌詞を、しっかりと噛みしめてみたいと思った。かつては、飢えも不足も文字通りの飢えと不足だったが、今は表面的には満たされていて、飢えも不足も見えにくくなっている。それを変装した心だといい、その変装した心を探す作業が作詞家の仕事だと言っている。何かの事情で隠れてしまっている悲しみや痛みを顕在化させることで、心がのびのびとするのではないかと、考えていたようだ。よけいな時間が世の中から消えていき、迷ったり佇んだりというときのせつなさ、甘酸っぱさみたいなようなものが消えていってしまっているのではないか、と言っている。
希有の天才が存在した時代を今、思い出そうとするなら、ただ懐かしがるのではなく、この人の物の見方、世の中の事象のとらえ方、人間の本質のつかみ方こそ、学ばなくては、そう思う。

作詞入門―阿久式ヒット・ソングの技法 (岩波現代文庫)

作詞入門―阿久式ヒット・ソングの技法 (岩波現代文庫)