Life and Pages

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仮面劇場の殺人

あの、密室事件を得意とするディクスン・カーの作品の一つ。これまでに何冊か読んでいたけれど、この本は読んでいなかった。ハードカバーで350ページを超えるのに読ませる本で、探偵小説を貪るように読んでいた学生時代を思い出した。寂れかけた劇場の再出発ともいえる公演の最終リハーサルの最中に殺人事件が起こる。殺されたのは、この劇場に出資してくれたパトロンであり、かつて名声をほしいままにした女優。内側から鍵のかかるボックス席に一人でリハーサルを観ていた彼女は、石の矢に背中を刺される。それは、16世紀に使われていた石の弓矢。演目のシェイクスピア劇を演出するために劇場ロビーに飾られていたものだった。犯人の姿を見たものはいない。役者たちは舞台の上におり、殺された女優の部屋には侵入者はいない。フェル博士はどうやってこの謎を解くことができるのか…。
今回、久しぶりに読んで感じたのは謎解きの伏線であると同時に読者の推理を間違った方向へ導こうとする登場人物たちの複雑な事情や人柄の描写の面白さだ。それが、実際の歴史と絡まり、薀蓄を混ぜ込まれて面白く仕立てあげられている。作者はトリックだけでなく、人間を描写する筆力が求められる。いや、人間ドラマを描こうとする小説家の中で、謎解きも入れ込もうとした作家が、探偵小説作家と呼ばれるようになったのだろう。作家としての資質は同じところから出発しているのだ。

仮面劇場の殺人

仮面劇場の殺人